高校時代、古代ギリシャに憧れた、今でも変わらない。何がそうさせたか。社会の決定が闇の中でなされ、社会が開かれていないという閉塞感がそうさせた。あの頃より随分と改善されたが、今でも闇の部分はある。世界に目を転じると、中国や北朝鮮、闇社会はゴマンとある。

a)旅行記
有名な、「ぶどうを食べながら地中海からの一報を送ります」で始まる旅行記、貪るように読んだ。旅程を再現してみよう。前半の1956年は、ギリシャ=>イスタンブール=>ギリシャ=>イタリア=>スペイン、というコースが圧巻。アテネの前はエジプトに1週間滞在。
1956年=昭和31年~村川49歳
01月21日午後11時:アテネ=スタディオン街/メトロポール・ホテル
01月27日午後11時:アテネ=メトロポール・ホテル
02月01日午後08時:アテネ=メトロポール・ホテル
02月12日午前03時:クレタ島=ヘラクリオン/カンデイア・パレス・ホテル
02月12日午後09時:クレタ島=ヘラクリオン/カンデイア・パレス・ホテル
02月13日午後08時:クレタ島=ヘラクリオン/カンデイア・パレス・ホテル
02月16日//***/:アテネ=メトロポール・ホテル
02月17日午後10時:アテネ=メトロポール・ホテル
02月23日午後09時:イスタンブール=ヒルトン・ホテル
02月25日//***/:アテネ=メトロポール・ホテル
02月29日午後06時:オリンピア/スパブ・ホテル
03月05日//***/:アテネ=メトロポール・ホテル
03月09日午後07時:アテネ=メトロポール・ホテル
03月14日//***/:ローマ=パイジェロ街ペンジオーネ・パイジェロ
03月17日午後06時:ローマ=パイジェロ街ペンジオーネ・パイジェロ
03月21日//***/:ローマ=パイジェロ街ペンジオーネ・パイジェロ
03月22日午後08時:ナポリ=ガーデン・ホテル
03月25日午前08時:ポンペイ=ロザリオ・ホテル
03月27日午後06時:シチリア/パレルモ=メトロポール・ホテル
03月30日午後09時:シチリア/タオルミナ=インピリアル・パレス・ホテル
03月31日午後08時:シチリア/タオルミナ=インピリアル・パレス・ホテル
04月01日//***/:シチリア/パレルモ=メトロポール・ホテル
04月06日午後06時:フィレンツェ=ミラノ・テルミヌス・ホテル
04月10日//***/:ミラノ=モノポール・ド・ラ・ガール・ホテル
04月12日//***/:ローマ=ラ・ロカンダ・デイ・パリオリ
04月21日午後02時:ニース=ホテル・カバレロ
04月21日夜/***/:ニース=ホテル・カバレロ
05月03日午後08時:マドリード=フェニックス・ホテル
05月05日朝/***/:マドリード=フェニックス・ホテル
05月06日//***/:バルセロナ=エスプレンディッド・ホテル
05月10日//***/:バルセロナ=エスプレンディッド・ホテル
05月11日夜/***/:バルセロナ=エスプレンディッド・ホテル
05月12日午前11時:バルセロナ=エスプレンディッド・ホテル->パリ->日本
1957年=昭和32年~村川50歳
08月30日夜/***/:アテネ=メトロポール・ホテル
09月07日午後09時:コリント湾航行中のアイガイオン号
09月09日午後09時:ローマ=終着駅付近の素人下宿
09月12日午後09時:北イタリア・ボルツァーノ/ラウリン・ホテル
09月22日夜/***/:パリ=フランス・ホテル
09月27日午後09時:パリ=フランス・ホテル
10月02日夕/***/:ニューヨーク42番街=ホテル・チューダー
1958年=昭和33年~村川51歳
10月17日:あとがき

b)村川 堅太郎
1907年4月13日~1991年12月23日、西洋史学者。東京大学名誉教授。日本学士院会員。東京帝国大学教授・村川堅固の子として東京浅草に出生。成蹊中学、浦和高等学校を経て、1930年東京帝国大学西洋史学科卒、1940年東京帝国大学助教授、1947年教授。1968年定年退官し、名誉教授。日本における古代ギリシャ、ローマ研究の基礎を築いた。1959年、随筆『地中海からの手紙』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。ちなみに村川氏、小生の祖父が昭和32年71歳で亡くなっているので、祖父より約20歳年下。

これから後、「兼高かおる世界の旅」という番組があり、海外への憧れを掻き立てた。兼高さん、先般、徹子の部屋に出られ未だご健在。
ハイデッガーの「存在と時間」は実存主義哲学のメルクマール。ニーチェは神は死んだといい、その後の哲学が実存主義。第一次と第二次の世界大戦を経て、人間は迷走?しているようだ。

a)神が刻む「存在と時間」
神のある時代の生き方は、神から生活の指針がえられ、自分が決定を下さなくても自動的に生活がほぼ送れた。四季の変化に従って色々な行事が執り行われる。日本では、正月元旦、七草粥、。。がある。そうした伝統からくるものを否定して自由に生きたいと思えば実行できる時代となった。信仰の自由があり、仏教方式を捨ててキリスト教にも変えられる。結婚式でも仲人はいらない、結婚式そのものを否定してもよい。葬式も僧侶なしでも済まされる。過去のしがらみから自由だ。こうした過去のしがらみは宗教絡みが一般的に多い。

b)人間が刻む「存在と時間」
自分の「存在と時間」を自分が刻むことができれば実に自由。上で述べたような宗教的な束縛から離れて生きたければできる。しかし枠を離れて自由になると、どうしたらよいのか迷うし、生活の細部まで決定するのはむしろ効率が悪い。自由に決めれば、社会がバラバラになるだろう。今日も横浜中華街でゴミ捨てのルールを守らずに勝手に捨てるからゴミの山が出現。

務台理作、「現代のヒューマニズム 」(岩波新書1961/6/24)は、こうした風潮を批判的にとらえて、新しい人間概念を確立しようとしたと思われる。現代の人間は、疎外されて本来的なあり方を生きることができない。そうなっている原因は、a)実存的な無根拠、不条理な存在規定(実存を批判的にとらえ、実存に代わる概念?)、b)現代テクノロジーの発達、c)テクノロジーを利用した独占資本や管理国家などの社会体制、にあるとみる。1960年代のやや左翼的考え。そのような疎外状態から脱却し、人間本来のあり方を取り戻すためには、社会体制変革、資本主義を超える経済体制を確立する必要があり、思想的根拠を与えるのはヒューマニズムの概念であるとし、今必要なのは第3のヒューマニズムである、という(60年代の今)。歴史的および思想的には、幾つかの段階があり、第1は、15世紀ルネサンスの次代に生まれた最初のヒューマニズム。第2は、18世紀啓蒙主義時代のもの。しかし社会が複雑化しテクノロジーが発展した現代では変革の力になりえなく、第3のヒューマニズムが必要と言う。

1961年の務台依頼、特に2000年代以降、人間は大きな流れに流され、ヒューマニズムどころか紙屑のように扱われている。60年代~90年代はまだ比較的よかった。

朝鮮半島が揺れている。朝鮮戦争は休戦状態であり、終戦に至っておらず、したがって未だ戦争状態、と北朝鮮は思っている。昔、100年戦争と言うのがあった、確か今のフランスとイギリスの国境線を決定した戦争である。だから今の時代でも米国から何時攻め込まれても仕方ないと思っている。北朝鮮はカダフィのことが頭にこびり付いており、核を離せば米国にやられるとの思い込みが強く、絶対に核にしがみ付きたい一心。この半島、中国が支配領域と思っているようだが、遠ざかりつつあり、ロシアが虎視眈々と狙っている。

a)米国
朝鮮半島の行方は、戦争当事者である米国が握っているのは変わらない。巷間言われているように、軍事行動を起こしたいが、被害が及ぶ韓国や日本からの反対でできない。今話題なのは、韓国と米国の合同で金正恩の斬首作戦。

したがって米国のシナリオAは、軍事行動や斬首が成功すれば、米国と韓国の主導で朝鮮半島の未来を描ける。中国が俺も仲間に入れろと言って横から入ってくるだろうが。日本にも戦後賠償をしろと言ってくる。日本はこのシナリオの中で適切に拉致問題を処理できるか否か問われる。

思い出しても貰いたい。戦後、米国がGHQを設置し、日本を占領下においたのはあの原爆を契機としてポツダム宣言を受諾したから。スターリンは慌てて8月15日を過ぎて千島を占領した。ルール違反だからと返せと日本は言う。スターリンの焦りの表れ、もっと早く占領しておけばよかったと。

米国がシナリオAのようには行かずに、シナリオBとして、話し合いで朝鮮戦争の休戦に終止符をうって、北朝鮮と終戦をしたとすると事態は変わる。このケースでは北朝鮮が主体となって朝鮮半島を支配するだろう。

b)ロシア
ロシアが虎視眈々と狙っているのは、シナリオBだ。シナリオBだと、北朝鮮が主体で脇役がロシアということになる。いま東シベリアは閑古鳥がないていて、東シベリアの開発を北朝鮮と日本との協力でやらせたい。ユーラシア経済圏の北ルートとして開拓したい。北方領土の返還交渉もそうした中で処理を目論む。だからロシアは、米国による軍事行動は被害が甚大で、米朝は話し合いをしろと言っている。

c)中国
頭の悪い習近平は適切なシナリオが描き切れない。米国のシナリオAで中国は排除され、隣国に米国主導の国が誕生。シナリオBでも北朝鮮が主体で中国はもっと嫌われ、ロシア主導の隣国が誕生。

ロシアの思うように、事態が動いているように見える。プーチンという政治家、過激な軍事行動もでき、緻密な計算もできる。
日本の近代史をみる上で英国の動きを抜きにしては解釈を誤る。

a)大航海時代と日本
大航海時代は、15世紀半ばから17世紀中ばまで続いた、ヨーロッパ人によるアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海が行われた時代。主にポルトガルとスペインにより行われた。当時、ポルトガルやスペインはカソリックの国。彼らは、ドイツやオランダ、北欧に広がったプロテスタントに対抗するため、イエズス会を中心に海外への布教を進めた。日本にキリスト教を伝えた、フランシスコ・ザビエルもイエズス会士。信長、秀吉はポルトガルとスペインに関係していた。信長はルイス・フロイスにみられるが如く、ポルトガルに近い。ポルトガルはマカオを拠点として日本にも触手を伸ばそうとした。キリシタン大名。
フランシスコ・デ・ザビエル(1506年頃4月7日-1552年12月3日)=ナバラ王国(今のスペイン)生まれのカトリック教会の司祭、宣教師。イエズス会の創設メンバーの1人、バスク人。彼はスペイン人とみなすべきだろう。ポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣され、その後1549年(天文18年)に日本に初めてキリスト教を伝えたことで特に有名。また、日本やインドなどで宣教を行い、聖パウロを超えるほど多くの人々をキリスト教信仰に導いたといわれている。カトリック教会の聖人で、記念日は12月3日。
フェルディナンド・マゼラン(1480年-1521年4月27日)=大航海時代のポルトガルの航海者、探検家。1519年に始まる航海でスペイン船の艦船隊を率いた。マゼラン自身は航海半ばの1521年に亡くなったものの、彼が率いたスペインの艦隊が1522年に史上初の世界一周を成し遂げた。
他方のオランダ、やや遅れて東洋貿易に参入。豊臣秀吉がイエズス会の勢力拡大を警戒し、キリスト教布教を禁じたことを知っていた。オランダはポルトガルへの対抗上、「自分たちはキリスト教を布教するつもりはなく、貿易だけを目的とする」ことを強調。このことが、最終的にポルトガル船が締め出され、オランダとの交易のみが許可されたことの原因と思われる、見事に目論見は成功。もちろんオランダにも宣教師はいたが、日本に布教する意図は希薄。
ウィリアム・アダムス(1564年9月24日-1620年5月16日)=江戸時代初期に徳川家康に外交顧問として仕えたイングランド人航海士・水先案内人・貿易家。三浦按針の日本名でも知られる。スペインが日本を攻略したがっているというのは、スペインと敵対していたイギリスやオランダが流したデマと言われる。
後で勃興した英国やオランダはスペイン、ポルトガルに対抗して徳川に近づくのである。大阪の陣での戦いに英国が絡んでいるのは、作家安部龍太郎氏により明らかとなっている。
戦国の時代、大航海時代と重ね合わすと、より鮮明に蘇る。

b)明治維新
英国は、薩摩長州同盟を画策、英国人グラバーが大きな役割を果たしたと言われる。明治維新以降は日英同盟でロシアに対抗した。グラバー氏の存在は大きく、グラバーの末裔は敗戦後自殺されたと聞く。

c)近時の英国の動き
AIIBでは中国に付こうとした。付く相手が英国の利害により変わる。

英国の戦略はいつも自分の利害で豹変し、他人の力を利用しようとする。英国の意図を深慮し、紳士豹変することに注意を要する。歴史的に回顧することで歴史から学ぶことが重要。
先般、NHKの作成したAIが未来予測をし、40代の独身男性の存在が社会の停滞を招いているという、膨大なデータを使って裏付けたという。それはそのように社会学者がAIのプログラムを組んだからそうなっているのであって、実体は社会学者の言うのと異なり、社会学者を越えた知性が必要。以下、3つの事柄が複合して社会の不安定を作りだしている。

a)環境問題
環境問題は人類の近代化がなした災いであるが、それへの取り組みで世界の足並みが揃わない。京都プロトコルでは中国が反対を唱え、それに米国が追随して没となる。今回のパリ議定書には、中国が重い腰を上げたのにも拘わらず、米国がボイコット。足下では着実に、温暖化が進行していても、海面上昇といったことが身に及ばないので進展しない。地球からのもっと酷い仕打ちが必要なのではないか。そうすればバカな米国も動くに違いない。この地球環境の変化の健康への影響は表だった医学分析を知らないが甚大な影響があると思われる。中国では大気汚染で数百万人の人が命を落としていると言われる。一昔前なら、籾山政子女史が警告を発しておられたのにと思う。

b)国際政治
本来安定化装置である筈の政治が、それ自体が不安定化要素になっている。欧州先進国が迷走している。これは旧植民地国の負の遺産からの突き上げと思われる。唯一足腰のしっかりしているドイツがどうも社会主義化しているのではと思われてならない。それは第4次産業革命の内実と中国への異常な接近をみるとそう思わざるを得ない、メルケル主導のドイツは危うい。米国もただいま迷走中、朝鮮半島も迷走中。ISの今後の動きは大いなる脅威。そうした周囲の不安定要素に日本が翻弄されないよう祈るのみだ。国内にも変な言動が目立ち不安定要素になっている、隣国のプロパガンダに思えてならない。

c)少子高齢化
世界的な傾向ではあるが、特に日本はそれが急。しかし早急な移民政策は危険。唯一期待されるのは、AIやIoTで人間の労働の機械への置き換えで労働生産性を上げること。しかし余った人の処遇が問題。

今後、日本には強いリーダーシップが望まれる。安倍なき後、河野が外交で上手くやれば首相の可能性が期待できる。今のところ言っていることは筋が通っている。