随想:海のつぶやき2009

〜期待と不安の交錯した世相を語る〜

小林多喜二と太宰治:加藤周一の評価

  いずれも最近、人気の作家、時代の風潮を反映している。

  加藤はいわずと知れた左翼的知識人であって(最近死亡)、その言説は有名な「日本文学史序説」にも反映されている。

  太宰に対してはやや冷ややかである。すなわち、共産党の非合法活動を去った「良心の呵責」は、長く残って、おそらく後の小説「人間失格」を書く動機まで係わっていた。太宰の「人間失格」とは、実は「共産主義者失格」ということである。(日本文学史序説下446頁)

  それに対して、多喜二には好意的であり、詳細に彼の仕事を紹介している。(同452頁)

  因みに、石川啄木への賛辞も多数あり、小生にとっても啄木の詩の読み方が変わった。

  最後にマルクス主義と文学について語る。

  文学の歴史にとって、文学者がマルクス主義を通して、文学と社会との関係をみずから定義するようになったこと、その定義にしたがって、彼らが仕事により社会に対して、また歴史に対して、その責任をとろうとするようになったこと、またそのために関心の領域があらゆる方向にひらけた、と言っている。(同458頁)

  文学を評価するに当たり、社会の軸を提供したことか。それまでは個人的視点からなされていたが、広い視点を提供。文学の愉しみ方が変わる?

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官僚システムの弊

  公務員改革などと何度も試みられるが、遅々として進まない。官僚システムの弊害は。

a)予算が省ベースでおこなわれること
  省の編成が特に生産側の利害に結びついてなされている結果、予算も省ベースで行われる。その結果、省への予算の配分が硬直化する傾向。

  橋本内閣で省庁の統合が行われた意図は、利害の近い省を統合するもの。しかし統合することで仕事が増えた省がある。典型的なのは厚生労働省、年金、雇用、医療などホットな話題はここが占めている。それなら官僚の数を増やせばよい。

  経済企画庁を格上げし、内閣府の経済財政諮問会議を立ち上げて(経済財政担当大臣)、経済全般を取り仕切り、また予算配分も主導権を握ろうとしたが、旨く行っていない。形骸化?

b)キャリアとノンキャリアの区別
  最も大きな問題。ノンキャリアはいいくら頑張っても天井がある。旧国立大学では課長以上は文部省から派遣。いまでもそうだろう。いくら頑張っても係長以上にはなれない。

  県警では本部長は警察庁からの派遣。先日、足利事件の冤罪で菅田さんに謝罪していたのは栃木県警本部長。

  聞いた話に、30歳にいかない財務省のキャリアが地方の税務署長はなったり、また同じような旧郵政の若手キャリアが地方の郵便局長になったりと。定年間近の郵便局員、頭など下げられないだろう。

  話題の郵政公社、民営化されたと言っても僅かのキャリアが20万人を越す人達を取り仕切っている。長年勤務のノンキャリアの人達、30歳ソコソコのキャリアの言うことを素直には聞けないだろう。

  昔、明治維新のころ、武士、士農工商の身分廃止で、職を奪われた。不満がでると行けないので、明治新政府、法科大学校(東京大学法学部)を作り、氏族や子弟をいれ官吏への道を開いた。その名残は未だに続いている。

  将来的にキャリアとノンキャリアの区別を無くしてゆく必要がある。

c)早すぎる定年
  55歳定年というのは今のご時世、早すぎる。世間並みの65歳まで働けるようにしないと天下りはなくならない。採用システムは定常状態になるまで混乱を少々の来すが仕方ない。そのために次官になれなかったなどの弊害も覚悟で。

  官僚自身では扱わないので、超党派で政治家がおこなう以外にないが、そこまでする力を持った政治家がいない?

d)高度専門家集団の必要性
  学部卒業で入庁し、省庁で外国入学させているが、国内外の博士課程を終えた人を採用すべき。

  特に、経済系の意志決定には経済の高度の専門が必要とされる。学部卒業、しかも法学部出の官僚が経済問題を扱っている。

  80年代のバブル、自然災害の如く、天から降ってきたかの印象を与えているが、とんでもない話、米国が押しつけたもの。それに日本の政策集団が立ち向かえば、その人災は避けられたとも。米国の知識に立ち向かうだけの専門家集団を備えておればよかった。数十人の集団が必要。

  また中央銀行の日銀。総裁の経歴を調べた訳ではないが、多くが法学部出ではないか。本来、経済学部、しかも博士を持った人材が必要とする職責。

  米国のFRB議長は経済学、しかも多くは経済学者。いまのバーナンキはプリンストン大学教授だった。もっとも米国はあの金融危機を引き起こしたという批判もありそうだが。

  事情は外務省とて同じ。国際政治には高度な知識が必要。こちらも国際政治の博士が必要な分野。アジア、北米、欧州、中東の専門家集団がいて妥当、一生それをウオッチしている官僚がいて当然。もちろん国際政治は連動しているから他地域の知識も必要だが。

  また官界と大学の人事交流を進めるべき。これは相互にプラスになる。大学の社会科学系の学問、学者は実務の経験がないので片手落ち。実務経験を積むことで理論も進展する。現在、実務を知っているということで、官僚の大学への天下りが行われている。

e)官僚は保守的で現状を変えようとしない

  改革の必要性があっても過去の制度に執着するのが官僚の性癖、これは偏差値教育とも深く関連する。

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検察審査会

  検察審査会が改革される、5月21日から「起訴議決制度」が新たに導入されることになった。

  刑事事件の容疑者を裁判にかけるよう裁判所に求める「起訴」の権限は、日本では検察官が行う。しかし検察官が疑いがないと結論づけたり、疑う証拠が十分でないと考えた場合、「嫌疑なし」や「嫌疑不十分」として不起訴にする、また起訴するほどの罪ではないと判断すれば「起訴猶予」という形で不起訴にするこことが可能。そうしてそのような判断に至ったかのプロセスも明らかにする必要がなかった。極端な場合、恣意的に裁量的に、起訴、不起訴、起訴猶予などが選択できることになる。民主的な制度とは言えない、中国や北朝鮮と同じだ。

  それでも、被害を訴えている人などが不起訴処分に納得できない場合、救済策として設けられているのが検察審査会。現行法では検察は検察審査会の議決に従う必要はなく、検察官が再び起訴する必要がないと判断すれば、不起訴にできるのである。

  5月21日から導入される「起訴議決制度」は、検察審査会が「起訴相当」と判断した議決に対し、検察官が不起訴にした場合や、特別な事情がないまま3カ月以内に起訴をしなかった場合、検察審査会が再び審査を行う。改めて「起訴すべき」との議決をすれば、容疑者は強制的に起訴されるというものいう民主的な制度。この場合、裁判所が指定した弁護士が、検察官となり、起訴の手続きを行うことになるという庶民の味方。今までのような検察官の横暴は許されない。

  不起訴に納得しない被害者などからの申し立てを受けて審査をし、不起訴が正当と議決すれば「不起訴相当」、不当と議決すれば「不起訴不当」、起訴すべきだと結論づければ「起訴相当」という是正的な判断を下すことになる。11人の検察審査員で構成、新しい裁判員と同じように、選挙権を持つ国民からくじで選ばれるそうだ。

  早速、この制度が生かされる事例が。民主党の小沢代表の秘書が逮捕の一方で、二階派の政治団体には何のお咎めもない。そこで関西の学者を含めた有志36名が告発したが不起訴。そこで新しい制度により改善が計られた。

  二階派の政治団体「新しい波」が2004年〜06年、西松建設のダミー団体に計838万円分パーティー券を購入してもらった問題で、東京地検特捜部は6月26日、政治資金規正法違反容疑で一度不起訴(起訴猶予)とした同社元社長・国沢幹雄被告を、同違反罪で東京地裁に在宅起訴。東京第3検察審査会が、国沢被告について「起訴相当」とする議決をしており、これを受けて特捜部は処分を改めたものだ。

  しかし二階派の政治団体や会計責任者については、検察審査会が不起訴処分(嫌疑不十分)を「不起訴不当」と議決したため、特捜部は再捜査したが、「パーティー券の購入者が西松建設だと認識していたとの証拠はない」として、26日に再び不起訴処分とした。どこまでも二階の方は守る覚悟のようだ。

  どうも選挙が近づいているが、生臭い泥試合になりそうな気配、自民党にはこれしか選挙対策がない?


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欠損家族

  家族社会学に欠損家族という概念がある....

  何のことはない、父親不在、母親不在、両親不在の家族を言う。昔は特殊な家族形態であったが、いまはシングル・マザー(子と同居している配偶者のいない女性)の家庭は多い。

  そこでシングルマザーの実態を。2000年国勢調査をベースに総務省統計研修所の調査研究があるので紹介。(表1参照)

  表1
           総数    未婚   離別   死別
            5,883,338  89,230 1,432,431 4,361,677
   15歳~49歳 1,038,459  65,642  821,547  151,270
   50歳以上  4,844,879  23,588  610,884 4,210,407

  2000年時点で600万人弱のシングルマザーがいるということ。それを50歳を境に区分してみる。50歳未満が100万人、50歳以上が500万人いる。未婚、離婚、死別の内訳をみると、50歳未満では80%が離婚でシングルになった様子が分かり、50歳以上では87%が死別である。

  50歳未満では離婚が多く、日本社会がアングロサクソン型社会に移行している実態を反映している。

  50歳以上の方のシングルの理由が死別と言うのは驚きで、若くして死亡した男性が多いことだ。癌とか交通事故で死亡したのか、考えさせられる。

  さらに言えば、50歳未満のシングルマザーは子と母親の核家族であり、50歳以上では核家族以外の家族となっている。

  こうした現象をどのようにみるか、何れの階層でも男の影が薄くなっていると言えるのではないか。

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痩我慢の説

  明治24年に福沢諭吉が書いた勝海舟や榎本武揚に当てた私信で、2人を暗に批判。福沢の死の年の明治34年に時事新報に掲載。

  私的な情動というものが国家を支えると言う。2つの例を引きあいに出す。

a)大国ドイツとフランスに挟まれたベルギーとオランダを取り上げる。大国に挟まれながら吸収されずに独立を保つ。いまのオランダ、EUを主導している。色々な意味で新しい試みをする先進国、安楽死もその例。

b)徳川幕府を支えたのは三河武士。負け戦でも立ち向かう。負けるから止めるのではなく、信義が大切。それがなくなれば時代に流される。

  それに照らし合わせて勝海舟や榎本武揚が許せない。

a)勝海舟は旧幕臣でありながら、江戸城の無血開城をなし、明治新政府では参議、海軍卿、枢密顧問官などに。福沢は無血開城など許せないという、やはり戦うべきだと、たとえ負け戦であっても。勝は2度の過ちを犯した、無血開城と新政府への媚び。徳川幕府を守るべき旗本(と言っても買った旗本株)がこんな行動をするとは、草場の影で家康も泣いたんでしょうね。

b)一方の榎本武揚。有名な函館、五稜郭での戦い。部下の多数が死ぬまで戦うと言っても白旗を揚げたそうだ。勝と同様、自分は生き延びて、新政府の大臣まで歴任。

  意外であった、福沢は明治新政府を影では支えたと思ったが。

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