2017.02.12 事実の検証
トランプ政権の誕生で、改めて事実とは何かが問われている。自然科学には絶対事実があるが、社会科学や人文科学の分野では相対事実しかない。したがって規範論と実証論の区別が言われる。

a)規範論と実証論の区別
こうあってほしいというのが規範的考え、それに対し在るがままの姿を実証的な考えという。特にイデオロギーでモノをいう人に規範論を振り回して事実のように言う傾向が強い。左翼系メデイアがそれ。ある識者に言わせるとマルクスの著作にも規範と事実が混在していると言う。規範は理想論、価値論であって一つとは限らず、色々な価値の考えがあって然るべき。その中に左もあって右もあってよい、それらがバランスして共存するのが健全な社会といえるだろう。その意味で共産党一党支配は危険、反対意見を封じ込める社会は危険と言えるだろう。

b)事実の揺らぎ
問題視したいのは、実証的考えに関して事実ということを巡る混乱。「AがBの頬を殴った」という事実について、Aは、「あれは殴ったのではなくて、触ったに過ぎない」というかも知れない。こうした些細な事柄についても混乱がある。日ロ間の北方領土問題について、1956年の日ソ共同宣言を巡って、日本の解釈とロシアの解釈は異なるらしい。解釈に双方の規範が影響を与えている。また「失われた10年」、「失われた20年」などという、「中国経済崩壊の危機」などという。ならば、「失われた」という意味は何を以って失われたという用語を使うのか、例えば、成長率が10年連続して1%以下であるとか、何らかの定義をする必要があろう。ならばその定義を採用して他の条件は何であっても構わないのか、等々用語の定義は困難を極める。では崩壊の定義は、こちらはもっと難しい。

コトは左様に、世の中の動勢を記述する用語は煎じ詰めると極めて混迷の域に達するのが感知せられるのである。言語の限界とでも言おうか。
先般、NHKスペシャルをみていて中国経済運営を巡っての稚拙さを感じた、元々社会主義は計画経済が基本なのに計画性がない。

a)鉄鋼の生産(粗鋼生産)
いま中国の鉄の生産は過剰で、国内需要を遥かに超えて世界の需要が賄える状況のようだ。2015年の生産が世界16億トン、中国8億トン、2000年の約6倍という。生産能力は12億トン。因みに日本1億トン、米国8000万トン、ロシアと韓国7000万トン、インド9000万トンという具合。とんでもない生産をしていることになる。

b)環境の汚染
鉄鋼の生産(特に河北省)からの煤煙のPM2.5が酷く、環境汚染を引き起こす。APEC会議前に工場閉鎖したら青空がみえたいう。世界の工場となって先進国の犠牲のように言うが、勝手な鉄鋼生産のツケが来ているとみるべき。

経済運営の拙さを露呈した格好で、社会主義経済は計画経済でなかったかと言いたい。共産党に理系の幹部が多すぎて経済や市場のことが分からない。勝手な民間の振る舞いは、鉄鋼のみならず、遠洋漁業、レアメタル等でも起こっている。強制的な規制が必要。
2017.02.02 天下り
文部科学省の吉田大輔・前高等教育局長が2015年、早稲田大学の教授(任期付き)に再就職した際、省内の「天下り」斡旋を受けたとされる問題、内閣府の再就職等監視委員会が本年1月20日、文科省が国家公務員法に違反して組織的に天下りを斡旋したとする調査結果を公表、文科省の大学への天下りが問題になっている。官僚がどうして早稲田の教授が務まるのか不思議だが、文科省以外でも天下りは不断に行われている。名前を上げたら切りがない。

こと左様に文科省は金を手段に大学を支配下においているが、その起源を辿れば、橋本内閣で「火だるまになって改革」をすると橋本氏がいい、公務員半減を決めた。官僚ははたと困り、知恵を絞って大学を法人化することで半減の公約を切り抜けることを模索。

a)支配機構
法人化以前、国立大学は経理課長は本省からくることになっていて、金づるを使って大学をコントロール。県警本部長と同じ役割。
現今の大学運営、重要な役割を果たすのが役員会。学内理事と学外理事で構成される。学内理事は、有力学部長や研究所長がなる。注目は学外理事で、当該大学役職員以外が含まれるようになっていなければならないとされると規則で定められている。文科省派遣の学外理事がコントロールタワーになっていると考えられる。下に国立大学の理事の一覧表があるので参考になる。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/06042714/003.htm
経営協議会は、学外が過半数を占め、経営に関する重要事項を審議する、となっている。教育研究評議会は、学内者で構成し、教育と研究を審議という、かつての教授会の役割を果たす。

b)政策研究大学院大学
この大学は天下りの受け皿のような大学。政策は確かに官僚がしてきたので、その経験話をすれば講義が可能。

天下りというもの、官僚->大学、という以外にも、大企業->関連企業など日本的慣行がどの社会にもみられる普遍的現象。共同体社会の特徴か。
2017年1月12日、最初の記者会見をした。前代未聞の大荒れであった。こんな調子で国内は済むかも知れぬが、外国では米国の大恥。どうなるのであろうか。
選挙中も問題視され、会見でも指摘された外国との貿易不均衡問題、的外れの感を逃れない。

a)70~80年代日本との不均衡問題
70~80年代に日本との間に不均衡問題が発生。繊維、工作機械、鉄鋼、自動車等で起きた。象徴的であったのは、自動車で1983年であったか230万台の自主輸出規制を日本は飲み込んだ。二国間で話合で合意。その後も、色々な産業で起こり、1985年のプラザ合意に至る。1987年にはルーブル合意。それでも不均衡はなくならず、日本の内需拡大を要請され、バブルを発生させた。その間、90年代には日米構造協議が何度ももたれ、内需拡大と国内制度改革が要請された。

b)トランプとの比較
いまの時代、二国間で貿易不均衡を解消するなど不可能。メキシコに工場をつくると米国への輸入に高い関税35%?を掛けると脅されている。しかし特定の自動車メーカーに関税を掛けることはできない。
日本の場合には、スーパー301条で脅されて自主的な規制を飲んでいる。今回これはできないだろう。中国にはこの手を使うかも知れない。スーパー301条とWTOの関係は微妙だが、中国はWTOに提訴するだろう。ややこしい貿易戦争にはいる。しかし日米構造協議で味をしめて二国間で話し合いをしようとしている。
為替の調整もできない。日本は自由変動を採用し、為替市場には介入していない。ただ金融政策を通して為替を動かしてはいる。しかし金融政策までは介入しないだろう。また内需が少ないと他国の内需までは口をだせないだろう。
TPPの離脱は米国単独でできるが、あんなに時間を掛けてしたものを米国の思惑で破棄するのは勿体ない。何がしかの取り決めは、米国抜きでも進めるべきであろう。

市場主義を標榜する米国が、市場原理に従わず、力づくで経済を動かそうとしている。

追記(2017年2月4日) トランプ政権の枠組見直しの姿勢
トランプ政権は政治も経済も従来の枠組に疑いをはさみ、できれば破壊しようとするのが特徴。破壊しようとする側とそれに反対しようとする側の攻防が見物。
a)国際政治
一つの中国に疑念を呈し、見直すと言っている。中国の反発は明らか。国連安全保障常任理事国を利用して中国はジワジワと体制を固め、ここまでこぎつけた。しかし国際司法裁判所の仲裁を紙くずと無視。ならば全部ひっくり返そうというのは自然の流れ。国際機関の決定を都合の良いときは利用し、都合が悪くなると無視。またボルトン氏は駐留米軍を台湾に配置とも言っている。
もう一つの課題はロシアとの関係。用心深いプーチンは判断を躊躇しているようだ。いまだ動き出していないが、韓国のTHAAD配置に対して、対抗措置をすると言明。警戒感を隠さない。
オバマ大統領が米国が世界の警察を放棄するという言明をよい機会と捉え、ロシアはウクライナを侵略、中国は南沙諸島の軍事基地化を進めた。米国が自ら枠組を変更したので、それに即して変更を利用してできることから始めた。だからこれも自然の流れ。米国の国際政治への姿勢の変化に対応したもの。その意味でプーチンも習近平も則を犯していないというだろう、彼らに言わせれば責任は米国にあるというだろう。
b)経済
メキシコからの輸入に20%の関税を課すなどと言う。国際経済は相互依存が高いから、そうした措置が波及するのは明らかだが、それについてお題目はでるが、数量的な評価は全くない。特に米国の雇用にどのような変化が起こるか。国際経済学者がもはや無能の集団と化していることが分かる。貿易とマクロ経済の連動性が課題だが、いまの経済学はタコツボ化しているので、複数の分野にまたがることには評価できない。
米国雇用統計ではかなり失業率は低く、完全雇用に近い。それに対しても失業率の定義が問題だと言う。就職を放棄した人は失業者とみなさないが、こうした人も失業者としてカウントしろと言う。就職をしたいが職が見つからないという人が失業者の定義。そのためには求職活動をして職が見つからないという実績が必要、職がないと嘆いて行動していない人は失業者とはみなされない。だからいまのマクロ経済学も信用していない。何人もノーベル経済学賞の受賞者がいるのだから、何か反論があってしかるべきだが何もない。
トランプと取巻は、既存の枠組を疑い、破壊しようとしている。


新しい時代が始まっている。2つのキーワードは、中国の台頭とインターネットの本格的開始、デジタル経済化である。

a)デジタル経済~インターネットの本格開始
インターネットの本格的開始をサポートするハードとソフトの装置が2000年以降、流布している。
2004年:facebook登場
2006年07月:twitter登場
2007年01月:iPhone登場
2009年:ビットコイン運用開始
2009年01月:日本で株式電子化
2010年10月:インスタグラム登場
2016年01月:日本でマイナンバー制度開始
多くが米国主導で行われている。同様のソフトは今後も登場するだろう。上は推進装置であるが、以下は産業の側の動きである。
本年あたりからAIやIoT(あるいはIoE)が本格的に始動するだろう。また自動車産業にもデイタル化の波が押し寄せている。電気自動車は90年代からあるが、2017年からHV車がカリフォルニアのエコカーの定義から外れ、新たな段階に入る。トヨタも電気自動車に移行しつつある。それと平行して自動運転が急速に広がっている。そこには米国の自動車産業への戦略が隠されている。2つの動きを通して米国のレシプロエンジン技術の遅れを、脱レシプロを加速化することで挽回しようとする。後発の中国もその動きは歓迎している。米国の最終的意図は携帯で実現したOSを支配することで、世界の自動車産業を支配下におくことにある。

b)中国の台頭
90年代後半に中国が台頭、安い製品を世界にバラまいている。それを後押しする出来事は、中国でのオリンピックと万博開催であったと言える。
2008年08月:北京オリンピック
2010年05月:上海万博
中国に対抗すべく先進国でも平均賃金率が低下、非正規雇用が増大し、経済格差が顕著化している。2015年にはピケテイの経済格差の議論が話題となる。

この動きの延長上にくる人間の未来は、人間の尊厳が失われ、多くの人間が機械に使われて奴隷化される実態であろう。さらに先にある未来は、人間が生産の束縛から解放され、真に人間的な生活を享受できる社会であることを期待したい。