2017.11.14 トランプ外交
日韓中の訪問を終えてトランプのアジアでの顔見世が終わった。やはり米国は大国だと言う印象。へなちょこ大統領でも、最高のもてなしを受けた。オバマは紳士だが、トランプは腫れものを触るような気の遣いようだった。後で印象が悪いと何を言われるかと気遣う。

a)日本
事前に可愛いイバンカが先に来て、トランプともゴルフもした。ゴルフのバンカーで安倍首相がバンカー側に転がり落ちる映像をみて、何かを暗示しているかのようだった。それが気がかり。
来日最初、メラニア夫人がタラップから降りる時、サングラスをしていた、韓国も同様、しかし中国は外していた。何を暗示するか。事前に、親中のキチンジャが指示したかも知れぬ。
昭恵夫人はトランプ夫妻には心象がよくないようだ。米国での晩餐会かでトランプは隣の昭恵夫人と一言も話さず席を移動して、挙句の果てに彼女は英語が全くできないとtwitterに書く始末。インターネットによれば、安倍夫妻、トランプ夫妻と会食中、3名は飲まないのに安倍夫人のみがワインを楽しんだとか。またメラニア夫人との話で韓国のK-POPのことばかりを話し、どうしてといぶかられている。真偽のほどは知らない。
中国が紫禁城を貸し切りにして案内したのは成功。陛下とは束の間の会見のみ。陛下との晩餐会はできなかった。宮内庁との間でスケジュールで折り合いが付かなかったのだろう。かつて主席につく前の習近平を陛下のスケジュールを無視して、中国から帰国した小沢一郎が習との宴を強引に開催させて国民の怒りを買い、ひいては政治生命を奪われる羽目に陥った位、陛下のスケジュールは勢いのある安倍首相でもuntouchableな事項。

b)韓国
晩さん会でのエビや慰安婦は日本への当てつけ。毎度のことで嫌みの極。晴れの舞台であそこまでやるかといぶかる声多数、その程度の国かと。そうすると人気がとれるのか、文大統領の支持率80%を超えている異常事態、信じがたい国。
しかしトランプの韓国国会での演説はよかった。いつもtwitterで断片しか伝わらなかったが、政権が用意したのだろう、理路整然と北朝鮮に対する米国の理解を伝えた。演説は原稿も読まず、アピールはあった。
しかしトランプ訪韓直前、注目すべき取り決めが中国との間でなされた。米軍の最新鋭迎撃システム「THAAD」をめぐり、中国から報復を受けていた韓国は、中国と、(1)米国のミサイル防衛システムに加入しない、(2)日米韓の安全保障の協力は3カ国軍事同盟に発展しない、(3)THAADを韓国に追加配備しない、ことで合意したとされる。中国の経済制裁に耐えかねての合意とされる。韓国はその程度の経済制裁で動くと言うことを中国に認識させ、また他国も認識したハズ。今後もコロコロ変わる態度に注意を要する。
その後の日本海での日米韓の軍事合同演習で、韓国は日本とは一緒にしないと拗ねている。中国の入れ知恵か。日韓の分断を図る中国の仕業。

c)中国
日本に習い(習近平だから)、最高級のもてなしをした。特に紫禁城を貸し切りにしてトランプを案内した、これは大成功。独裁政権だからできること。そこまではトランプは読めないだろう。トランプがベトナムに行ってからも、メラニア夫人を万里長城まで案内。イバンカが来なかった分も追加した。
ここで中国が見せたかったのは、2期目の政権の基盤が固まり、大国の風情をトランプと並んでいること。28兆円という上げ底のプレゼントもした。大げさにみせないといけない中国(所詮は張り子のトラ)。
今後、トランプ、どのように中国に接するか。キチンジャが背後で操るか。当面、AIIBに加盟するか、南シナ海での活動はどうなるかが見物。

d)米国
外交の素人のトランプ、外交の難しさを知る機会となる。アングロサクソンの行動特性、相手を対立させておいて仲介の労をとること、これがあるから米国の存在意義がある。しかもそのため紛争の種をまく。中国の一帯一路の「一路」に対し、安倍首相の構想と言われるインド太平洋構想の乗るかの風情。それも対立を際立たせる効果。その紛争を一気に解決するのではなく、アーダコーダと長引かせ、永続して関与する。日本は紛争の当事国、韓国も中国も。

ここにきてプーチンも俺も仲間に入れさせろと犬の遠吠。足がヨボつくトランプ、腰の軽い安倍、悪意にみちた習、それに南北朝鮮、今後どのようなゲームが展開されるか、不安定な世界になりましたな~。
10回以上も候補になりながら村上春樹が今回も貰えなかった。もう無理だろう。どうしてか、理由は多分国内に反対が渦巻いているからか。国民が一致して歓迎ムードでないといけない。一方の石黒氏(石黒一雄、1954年11月8日~)はロンドン在住。受賞ニュースで、石黒氏を最初にみた瞬間、日本人でないと感じた。日本人の両親の間に長崎で生まれ、幼少期を日本で過ごすと言う、純粋な日本人だが、その後、英国に。

a)経歴
wikipediaによれば以下のようだ。長崎県長崎市新中川町で海洋学者の父・石黒鎮雄と母・静子の間に生まれる。祖父の石黒昌明は滋賀県大津市出身の実業家で、東亜同文書院(第5期生、1908年卒)で学び、卒業後は伊藤忠商事の天津支社に籍を置き、後に上海に設立された豊田紡織廠の取締役になる。父の石黒鎮雄は1920年4月20日に上海で生まれ、明治専門学校で電気工学を学び、1958年のエレクトロニクスを用いた波の変動の解析に関する論文で東京大学より理学博士号を授与された海洋学者であり、高円寺の気象研究所勤務の後、1948年長崎海洋気象台に転勤となり、1960年まで長崎に住んでいた。長崎海洋気象台では副振動の研究などに携わったほか、海洋気象台の歌を作曲するなど音楽の才能にも恵まれていた。幼少期には長崎市内の幼稚園に通っていた。1960年に父が国立海洋研究所(英語版)所長ジョージ・ディーコン(英語版)の招きで渡英、暴風によって発生し、イギリスやオランダの海浜地帯に深刻な災害をもたらした1953年の北海大洪水(英語版)を、電子回路を用いて相似する手法で研究するため、同研究所の主任研究員となる。北海で油田調査をすることになり、一家でサリー州・ギルドフォードに移住、現地の小学校・グラマースクールに通う。卒業後にギャップ・イヤーを取り、北米を旅行したり、デモテープを制作しレコード会社に送ったりしていた。1978年にケント大学英文学科、1980年にはイースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、批評家で作家マルカム・ブラッドベリ(英語版)の指導を受け、小説を書き始めた。卒業後に一時はミュージシャンを目指すも、文学者に進路を転じた、とある。
処女作と第2作は日本のことを描いたと言う。1982年、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作①「女たちの遠い夏」(日本語版はのち「遠い山なみの光」と改題、原題:A Pale View of Hills)で王立文学協会賞を受賞、9か国語に翻訳。古い日本の記憶を留めたかったと供述。1983年、イギリスに帰化。1986年、長崎を連想させる架空の町を舞台に戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作②「浮世の画家」(原題:An Artist of the Floating World)でウィットブレッド賞を受賞。同年にイギリス人のローナ・アン・マクドゥーガルと結婚。この2作は読んでみたい作品。1989年、英国貴族邸の老執事が語り手となった第3作③「日の名残り」(原題:The Remains of the Day)で英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を35歳の若さで受賞、イギリスを代表する作家となる。この作品は1993年に英米合作のもと、ジェームズ・アイヴォリー監督・アンソニー・ホプキンス主演で映画化。この作品は舞台を日本から英国に移したと言う。もちろん感性は日本的なもの。1995年、第4作④「充たされざる者」(原題: The Unconsoled) を出版。2000年、戦前の上海租界を描いた第5作⑤「わたしたちが孤児だったころ」(原題:When We Were Orphans) を出版、発売と同時にベストセラー。2005年、⑥「わたしを離さないで」を出版、話題となった臓器移植を扱う。この作品も後に映画化・舞台化されて大きな話題を呼ぶ。2015年、長編作品の⑦「忘れられた巨人」(原題:The Buried Giant)を英国、米国で同時出版。アーサー王の死後の世界で、老夫婦が息子に会うための旅をファンタジーの要素を含んで書かれている。2017年、「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」などの理由でとしてノーベル文学賞を受賞、とある。多作ではないが重みのある作品と言えるだろう。

b)日本文学
文学の原点は日本にあると言う。日本文学は情緒的な言葉で読者に寄り添う、それが慰めになる、ロジックではない。昨夜、NHK2で白熱文学講座?とかで話していたが、大いに納得したがロジックで慰められる訳ではない。日本人には同じように泣いてみせることが必要。文学感が違うのではと感じた。石黒文学の特徴として、「違和感」「むなしさ」など感情を抱く登場人物が過去を曖昧な記憶や思い込みを基に会話・回想する形で描き出されることで、人間の弱さや、互いの認知の齟齬が読み進めるたびに浮かび上がるものが多いという。それが日本文学か否か小生には分からないが、日本人的な感性ではある。石黒は谷崎潤一郎など多少の影響を与えた日本人作家はいるというが、むしろ小津安二郎や成瀬巳喜男などの1950年代の日本映画により強く影響されていると語っている。日本を題材とする作品には、上の日本映画に加えて、幼いころ過ごした長崎の情景から作り上げた独特の日本像が反映されていると報道されている、しかし長崎という土地が日本を代表しているかと言えば、むしろ特殊な風土。石黒の考える日本的なものであって、やはり日本文学とは異なると考えた方がよさそう。長崎と言えば、さだまさし、福山雅治という音楽家がおり、芸術で通じるものがあるようだ。
2017.10.04 時間の概念
時間の概念については、ハイデッガーで触れた。時間概念で追加的なことを述べたい。

a)西洋では厳格に区別
古代ギリシャ語からラテン語が派生、今のラテン語に連なる。今のラテン系の言語は英語よりも時制に厳格。過去には幾つもの概念がある。遠過去、近過去、過去完了など。古代ギリシャ語とサンスクリット語は文法的に近い。
日本語や近い韓国語は時制が緩い。またタイ語はないと言う。韓国語は過去にとらわれずに、過去の約束にとらわれずに主張する、慰安婦問題でも平気で塗り替えるのはその表れ。日本人も情緒的な判断に傾く。

b)分析的な判断の基礎
過去、現在、未来を厳格に区別することは分析的見方の基礎となる。西洋の科学の起源がそこにある。

c)SNSの隆盛
アラブの春はFcabookやtwitterなどのSNSにより出現。それは現在を大切にして過去は疎かにするようだ。時系列的に物事を眺めない傾向。いま中東は混迷状態。英国、米国も同じ(大統領がtwitterをしている)。日本の政治状況も同様。刹那的な感情が政治を左右する。もっと分析的に物事をみよ、と言いたい。

d)認知症
認知症の人の症状を眺めると、時間概念が最初に失われるようだ。過去、現在、未来がゴッチャになり交錯している。

時間概念は脳のどこで刻んでいるのか。今年のノーベル生理医学賞は生物時計の存在を突き止めたことの受賞らしい。時を刻むというのは重要な生物の働き。
小池の政治学はマスコミ政治学というのが妥当。また政治手法は全てパクリ。元々creativeではない、小手先な感あり。

a)長期目標:総理
彼女の目標が妥当か否かは問わないことにして、彼女がその目標を掲げているのは確か。しかし安倍総理が解散前の直前内閣で野田聖子を入れたのは、それなりに意味がある。つまり小池の前に、野田に立ちはだかることを期待したもの。岸田の代わりに外相に河野太郎を据えたのも意味がある。小池は今後、幾つかのハードルを越えなければならない。
小生の期待は河野太郎。親父は駄目だったが太郎には期待できる。太郎の自然体がよく、外国にも怖じ気づかず、ずばり物が言えるのが頼もしい。今後の政局運営で最も難しいのは外交。米国なき後、流動的な世界情勢の中で如何に国益を守るかが問われる。小池には無理。国内政治は何とかなる。

b)短期目標:自民党と連立
小池は野党と共闘する積もりは全くない。長期目標は総理になることだから。今回の選挙で自民が過半数割れして、公明党とともに自民と連立を組むことが当面の目標。自民の外にいて総理は無理だろうから、時間を掛けて自民に復党か。右翼色をだしているのも自民に復調を意識してのことか。
自民との連立が上手くいって、そこから総理までの道はかなり険しい。本当の勝負はそこから始まる。

彼女の頭の中にあるカラクリは大体分かる。元々考えていることが単純だから、少し冷静にみておれば大凡のことは分かる。

追記(2017年9月28日):28日に至り、民進党前原代表が、小池の希望の党に合流すると言い出して、事態が一気に流動的になってきた。右翼的な希望の党と民進党が合流するのは無謀だと思うが、前原は安倍自民党政権を潰すために名を捨て実を取ると言っている。希望の党側は合流ではなくて、一人一人を選別と言っているが。こんな野合の衆に投票できるか否か問われるが、とにかく動き出している。巷間では、小池は都知事を投げ出して衆議院選挙に出るのではと言う(ということは都知事選も同時進行)。それは都民との約束が違う。それはお構いなし、の小池。事態はどうなる。社会正義などはなく、ますます、マスコミ民主主義が先行している、無茶苦茶なことがまかり通っている。

追記(2017年9月29日):事態は日々刻々変化している。前原の意図は遮二無二、希望の党にしがみつき、勝てば自分の思うように操ろうとしている。小池を無視し、首班指名も視野。一方の希望側、細野などは厳格に審査すると言い、簡単に誰でもハイドーゾとは行かないと言う、当然。今回の仕掛け人に小沢一郎や細川が上がっている。当の小沢は希望との連携を公言。何でもかんでも負け組が起死回生を「希望」にしがみついて模索している。ワルが乗り移っては希望には荷が重すぎる。希望に過大な期待が掛かりすぎているきらいがある。希望なら勝てるとの淡い期待。仮に「希望」が過半を占めて国政を担うことになったら、小池などは沈み込み、小沢や前原が出てくる、悪夢。小池は小沢や前原の前に吹き飛ぶ。そのあたりは選挙民は、羊頭狗肉を冷静にみて欲しい。細野や若狭は防波堤になて貰いたい。米国のトランプを対岸の火事とみずにだ。英国の例もある。

追記(2017年10月1日):小泉純一郎の入れ智恵で事態が動いているらしい。民進党は80名の内、50名弱を受け入れ、残り30名は拒絶し(菅直人や野田など首相経験者は駄目、安全保障政策や憲法改正反対は拒絶)、30名位、小泉流の刺客を立てるようだ。そのため維新の会と連携して関西地区、大村愛知県知事と連携して中部地区を押さえる算段。つまりは新進党は解体の計画。100名弱で自民に対峙ということか。後に大村知事は連携を拒絶。

追記(2017年10月12日):事態はその後も流動している。共産党の志位が政権を取ったら立憲民主党の枝野を首班に推薦するというだらしのないことを言い、人気を落としている。やはり政権をとる意欲がなく外野席に安住していると。立憲民主党は元々主張は明確で民主党右派と袂を分かつことで鮮明になってきていて、左派を取りまとめる勢力になってきている。問題は希望に合流した?という民主の右派、まだ腰が定まらない。残存している参議院の民進党の議員が選挙後、無所属で立候補した人(岡田等)、希望で当選した人をかき集めて民主党を復活すると言う。枝野は合流するとは言っていないが、連携をすると言う。ではあの騒ぎは何であったのか。希望がいい迷惑、一時の雨宿りに軒先を利用されただけ。民進党は右派は節操がない。こんな連中は当選できないだろう。希望の党は利用されただけで、哀れな末路を辿るだろう。そんなこんなで自民は伸びる、共産は落ちる、立憲民主党は伸びるという構図らしい。希望と希望ででている民進党候補は未定。

追記(2017年10月23日):昨日衆議院選挙開票
希望の党が惨敗という結果。それを見越して小池はパリに逃亡、当地で敗戦の会見。勝っても負けても日本で会見するのがスジ。恰好を付ける人間は信用ならぬ。また相棒の若狭は小選挙区でも比例でも落選。これが全てを象徴している。もう一人の相棒の細野は当選。選挙後のインタビューでは、希望の党の顔役は全て細野が担っていた。台風の影響で開票できない地区があって最終結果が分かるまでには時間が掛かる。自公が大勝、立憲民主党が躍進が注目、腰がふらついていない政党が勝った。
希望の党は今後どうなるか。希望で当選した旧民進の議員は民進で合同するか。旧民進で無所属で当選した議員はどう身を振る?まだ流動的だ。腰がふらついている。
衆院の新勢力は、自民284、立憲55、希望50、公明29、共産12、維新11、社民2、こころ0、諸派0、無所属22という具合。因みに、民進党離脱組の3つの流れで当選したのは、希望の党45名=>26名、立憲民主党16名=>16名、無所属20名=>17名となった。今後の台風の目は旧民進党の行方。

追記(2017年10月25日):選挙投票後パリに逃亡していた小池が今日帰国、袋だたきの予定。その間、若狭が袋だたきだった。さて何が出てくるか。

追記(2017年10月29日):選挙後、希望と民進で混乱が続いている。前原がまだ存在している民進相手に選挙の釈明会見を行い、当選議員から批判が相次いだ。希望でも小池が釈明し、当選民進議員から批判。不満の噴出元は民進議員。希望で選挙して当選を授かったのに小池が排除発言で余分なことを言うから選挙で苦労し、230名擁立で50名しか当選しなかったと、多くは戦死と言う。元々泡沫候補で何を言うかと言いたい。また前原が希望に入ると言う。希望の生粋は少ないから民進に取られること必定。何もできないくせに口だけは立派、無責任な連中が多いことが判明。小池は希望の党運営で苦労する、都政でも同様。自ら招いたものだから仕方ない。

追記(2017年11月01日):特別国会が開会され、第4次安倍内閣が発足。といっても内閣改造はない。昨日バタバタと民進党の代表が決められた、大塚がなった。代表とは何と軽い言葉か、総裁とか書記とか委員長とか別の呼び名はないものか。やはり民進党が残るのか。都政も積み残された課題山積、手腕が見物。元々口先だけで何もできない小池に過大な期待をしたのが悪い。優柔不断で何も決められないあたりを今後じっくり観察したい。希望の党も自壊してゆくだろう。拡大した立憲民主党からは早くもセクハラ疑惑の議員が2名も現れた、一人はまたも東大法学部。今度の選挙、色々と積年のウミがでてよかったのではないか。政治がよい方向に進むのを祈るのみ。


2017.09.23 Vivaldiとベニス
ある音楽会でVivaldiの四季全曲を聴いた。音楽のVivaldiが生きた時代はどんな時代かと思いを馳せる。Vivaldi以降、音楽がドイツに移って豊かな音楽が形成されたのは神聖ローマ帝国の時代であると考えると、裏の欧州史に興味が行かざるを得ない。
マクニール(清水廣一郎訳),1979,ベネチア,岩波現代選書、を紐解く。シカゴ大学出版会で出たのが1974年、小生が書店で買った
のが1979年。

ベニスをみると欧州の歴史が分かる。大まかに言うとローマ帝国と関係する。ローマ帝国の後、東ローマ帝国、神聖ローマ帝国に引き継がれ、その後、新教国のオランダや英国、さらに米国へと文明の中心が移動。いま英国や米国の文明が衰退し、ユーラシアに移りつつある。その混乱期が現代と言えるだろう。

マクニールのベニスの時代区分は4つ。
①1081年~1282年:十字軍の時代?
フランク人のレバントへの進出

②1282年~1481年:レバント移動~東ローマ帝国崩壊
強国としてのベニスで、東ローマ帝国が背後にある。東ローマ帝国崩壊が1453年、トルコ帝国誕生した。1463年~1479年にトルコ帝国との戦争がある。

③1481 年~1669年:東ローマ帝国崩壊~オランダ・英国の台頭
周辺国家として文化のメトロポリスとなる、背後に神聖ローマ帝国がある。ルネッサンス以降、絵画はFirenzeからVeneziaに移行、Titianoらが活躍。しかし欧州の中心はオランダ、英国、フランスなど新教国に移動して、ベニスは終焉。

④1669年~1797年:オランダ・英国台頭~神聖ローマ帝国崩壊
欧州の中心はオランダ、英国、フランスなど新教国に移動して、対外影響力を失う。Vivaldi(1678年~1741年)はそんな時代に生きた。終わりの1797年は神聖ローマ帝国の衰亡と関係している。古典音楽も終焉を迎える。音楽もローマ帝国とともにあったと言える。いま聴いている素晴らしい音楽は、ローマ帝国の影があり、そこから脱皮したのが近代音楽、フランスやロシアが台頭。