随想:海のつぶやき2009

〜期待と不安の交錯した世相を語る〜

小説作法


  小説を書く時に、2つの方策があるように思う。

  最初は全くの造り話でフィクションである、といっても全くゼロからの創作かというと、作家個人の経験や文字情報からの疑似体験があるのは当然。作家のアピールしたい思想や理念を表現していると考えられる。たとえば、漱石の「明暗」、三島の「潮騒」、「豊饒の海」などがそれにあたるだろう。小説の内容が人物を超え、時や時代を超えると普遍性を備えることになる。小説がこのように描かれると物足りない感じを持つかも知れないが、ひとつの極致ではある。

  他のものは、事実を下敷きに展開するもの。特定の人物に焦点を当てたり、特定の時代に焦点をあてたり様々。最近のNHK大河ドラマになった宮尾登美子の「天璋院篤姫」、あるいは瀬戸内寂聴の「かの子繚乱」、島崎藤村の「夜明け前」も。大方の小説がこれではないか。荷風の日記文学「断腸亭日乗」もこれに。

  どちらが文学的に高いかと言えば当然前者。自由に人物や時代を設定できる分、作家の主張したい対象が鮮明に浮き出る。

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