随想:海のつぶやき2009

〜期待と不安の交錯した世相を語る〜

逗子へ

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    逗子海岸           「太陽の季節」文学碑


  湘南の海は鎌倉から逗子、葉山あたりの海を指すのであろう、陽光がキラキラとして輝き、何かが起こりそうな。それを語るように逗子は色々な文学の舞台となっている。今の逗子は鎌倉から山を越えた一つ奥まったところに位置し鎌倉の喧噪から退いて静かな住宅地となっている。駅の北に山、鎌倉側も山、葉山側も山と三方を山に囲まれ、南は逗子海岸となっている。ここの雰囲気はいまでいうところの癒し系の空間となっていて、かねてから訪れてみたい場所と。元来、海とそれに街が広がる空間に感心があって、海が与える人間への影響を確かめたいと。今日は天気もよいし逗子を訪れることに。逗子は駅から南は道が狭く、それが逆にクルマを拒否することになっている、ちょうどベニスのように。海の後方が街といってもレストランや賑やかな街が広がる訳ではなく、駅近辺の商店街を越えると静かな住宅地が海岸まで迫っている。こうした佇まいは鎌倉、藤沢、辻堂、茅ヶ崎といった地域にも共通している。

  駅前を南下して直進し逗子海岸にでる、しかしそんな大きな海岸ではない。海岸が弧を描き、遠く江ノ島が、その向こうに天気の良いときには富士が。セーリングを楽しむ若者10数名、小学生も来ている。海岸を葉山の方面に歩を進めると石原慎太郎の文学碑が。慎太郎の「太陽の季節」の舞台は、ここ逗子、葉山、油壺あたりの海、昭和31年の作品。慎太郎さん今でも別荘をお持ちのよう、かつて水産会社の重役の父親の下、ここに居を構えていた。

  田越川を北に行くと蘆花記念公園がある。上に狭い道を登ると蘆花の散歩道らしきものがある。あちこち「自然と人生」の文言が掲げて。登り切ると郷土資料館。説明員の女性としばらく文学論議。当時の文学者は自由で心が豊かという話に収束。泉鏡花や国木田独歩もここにいた。富士見橋近くの雑貨商柳屋に蘆花は4年逗留して、「自然と人生」「不如帰」「湘南物語」などの代表作を書く。九州の出で自然が好きなようでその後、世田谷に農家を借りて移り住み農業をしたと。いま蘆花公園となっている。

  逗子駅に戻り横須賀線で横浜に。西口周辺を散策、連休前なので賑やかで人混み。逗子とは対極的な賑やかさ。横浜駅、人の波、波、波!東口SOGOで本3冊購入し帰宅。

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